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第26回 プロが選ぶ 優良観光バス30選

2.会津若松の歴史を訪ねるコース

2.会津若松の歴史を訪ねるコース



(鶴ヶ城)
旅程表
8:30 (出発):JR郡山駅西口
8:40~9:20 郡山IC~会津若松IC
9:30~10:20 (1)飯盛山・白虎隊記念館・さざえ堂
10:35~11:25 (2)会津武家屋敷
11:40~13:20 (3)鶴ヶ城(昼食)
13:30~14:00 (4)会津酒造歴史館
14:40~15:30 (5)野口英世記念館
15:30~16:30 猪苗代磐梯高原IC~郡山IC
16:30 (到着): JR郡山駅西口

(1)飯盛山・白虎隊記念館・さざえ堂

慶応4年(1868)年、戊辰戦争の折、会津藩の16~17歳の少年たちで編成された白虎隊士20名は、戸ノ口原の戦いに敗れ、洞穴を抜けて飯盛山に登りましたが、西軍に攻め込まれた若松城下の町には、すでに火の手が上がっていました。この黒煙を若松城の陥落とみて、これが最期と、隊士たちはこの飯盛山上で自害しました。当時、旧幕府軍と新政府軍のどちらにつくか日和見的な藩が多かった中で、年端もいかない少年たちまでもが、「ならぬことはならぬ」と運命に殉じた会津藩は、我々日本人の誇りです。

この誇り高き隊士19名と、ただ一人奇跡的に一命を取りとめ、この隊の最期を後世に伝えた飯沼貞吉の墓が、この飯盛山の中腹に祀られ、今日も静かに若松の町を見守っています。
▼ 白虎隊記念館
  http://www.h3.dion.ne.jp/~byakko/
▼ さざえ堂
  http://www.geocities.jp/aizu_sazaedo/

(2)会津武家屋敷

幕末の会津藩の家老、西郷頼母の屋敷を忠実に再現したこの施設では、往時の武家の生活ぶりを垣間見ることができる展示が、ところ狭しと並んでいます。

人形や調度品を使って再現された、武家の在りし日の姿、日本人が忘れてしまったこころがここにあるような気がします。会津のお土産品も充実しています。
▼ 会津武家屋敷
  http://www.bukeyashiki.com/

(3)鶴ヶ城

芦名氏が14世紀に基礎の東黒川館を築き、伊達政宗も入城した黒川城を、文禄元年(1592年)に蒲生氏郷が整備、拡大した姿が会津若松城です。その姿が、優雅に羽を広げた鶴を思わせることから、鶴ヶ城の名で知られています。戊辰の役にも堪えた、その優美な姿の天守閣も時の明治政府の命で取り壊されますが、会津人の心のシンボルであるこの城の復活を望む声は根強く、昭和40年に、悲願の復元がなされました。多くの人の血と汗が刻まれたこの城には、会津人の魂が眠っています。

また、城の南側、月見櫓跡には土井晩翠(1871年~1952年)がこの荒れ果てた時代の鶴ヶ城をモチーフに作詞した「荒城の月」の歌碑がひっそりとたたずんでいます。
▼ 鶴ヶ城
  http://www.tsurugajo.com/turugajo/shiro-top.html

(4)会津酒造歴史館

酒どころ・会津では数々の酒蔵から銘酒がつむぎ出されます。その酒蔵の一つ、宮泉名醸の一番蔵では、日本酒の仕込みの行程や酒造りの歴史を紹介しています。きき酒もありますので、あなたの自慢ののどを潤おしてみてはいかが?
▼ 会津酒造歴史館
  http://www.miyaizumi.co.jp/aizusyuzou.html

(5)野口英世記念館

会津が誇る偉人、世界の医学者・野口英世を生んだ猪苗代湖のほとりにその生家が保存され、その隣に彼のひととなり、駆け抜けた人生の足跡と偉大な功績を展示した記念館があり、彼の愛用した顕微鏡をはじめ、ゆかりの品が並べられています。

幼いころに左手に大やけどを負った囲炉裏や、「志を得ざれば再び此の地を踏まず」と悲壮なる青年の決意を刻んだ柱は、どんな困難にも決してあきらめずに立ち向かっていった英世の人生を象徴しているようです。
▼ 野口英世記念館
  http://www.noguchihideyo.or.jp/
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